資金という「利益」がある以上、無駄な「経費」はなくならない。
インドの伝統思想にもとづくもので、サティヤーグラハ(真理把持)がある。すなわち、私たちは、物事の真理を究めようとしても、常に多面的な真理のうちの一部を理解しているに過ぎないとの前提のもとに、真理を究めるためには、利己的な態度を捨て、自分と他者とを隔てる考えを捨てることが必要であると説いている。
また、ノブレス・オブリージュとは本来「高貴さは(義務を)強制する」を意味し、一般的に財産、権力、社会的地位の保持には責任が伴うことを指し、サティア・グラハの思想と表裏一体を成すものである。
『イギリスでも近年、カネにまつわる醜聞で政治家への信頼が地に落ちている。
国民を唖然とさせたのが、2009年に発覚した国会議員ほぼ総ぐるみの「経費流用スキャンダル」である。
このスキャンダルは、地方選出議員のロンドンでの住宅費補助制度を乱用し、1ポンドの冷凍ピザ代からタンポン代、アダルト映画視聴料、高級家具代までさまざまな用途外の目的に経費を使っていたというものだ。議員3人が逮捕され、閣僚3人が辞任、約400人の元・現職議員が経費返還を余儀なくされるという前代未聞の出来事だった。
イギリスでは元来、国会議員は富裕層が奉仕的に行ってきたという経緯があり、政治家の不正や汚職は少なかった。上院議員には現在も報酬はなく、必要経費が支払われるだけである。それだけに、このスキャンダルがイギリス国民に与えた衝撃は大きかった。その嘆きを端的に示したのは、エコノミスト誌の次の表現だろう。
「過去1世紀、イギリスは多くのものを失った。帝国、軍事力、経済的なリーダーシップ。それでも、我々は世界で最善の議会を持っていると考えていた。だから、スキャンダルは大きなショックだった」
そして当時、国民の怒りを説明するために使われたのが「キットカット効果」という言葉である。庶民は数千万円、数億円という巨額の不正となると別世界のこととして怒りも半ば止まりだが、自分たちが普段買っているささやかなお菓子代まで経費で誤魔化していたと知ると、身近に感じる分だけ許せなくなる、というセオリーである。』
資金の大幅な減額や廃止と引き換えに自由裁量を政治家に委ねる方が道理的であり、また現実的である。
政治腐敗の防止を目的に制定された政治資金規正法は、これまで「政治とカネ」の問題が浮上するたびに不備が指摘され、「ザル法」と揶揄(やゆ)されてきた。議員立法である上、政治活動の自由を尊重するため、一部を除いて使途を制限する規定がないことが理由だ。政治資金の「公私混同」問題で辞職する東京都の舛添要一知事についても、検察関係者は刑事責任を問うのは困難とみる。それだけに専門家からは法の見直しを求める声も出ている。
しかし、政治資金規正法など、いくらイジってもキリがない。資金という「利益」がある以上、無駄な「経費」はなくならない。政治活動の自由は憲法でも保障されており、決して制約されることがあってはならない。ここは資金の大幅な減額や廃止と引き換えに自由裁量を政治家に委ねる方が道理であり、また現実的である。
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