〝トランプの卵〟ーパラダイムシフト。

新たな生命の始まりは、ニワトリでもなく卵でもない。ニワトリ以外の鳥の卵だ。


パラダイムシフトの因果性のジレンマとして、「国民が先か、政治家が先か」の問題がある。

つまり、「ニワトリとタマゴのどちらが先にできたのか」という問題である。昔の哲学者にとってこの疑問は、生命とこの世界全体がどのように始まったのかという疑問に行き着くものである。パラダイムの変化は、政治的、あるいは経済的な意思決定の仕組み(議会や市場)によって導かれるものではない、 〝新たなパラダイムが現れ、その優位性を示し、次第に現行のパラダイムに取って代わっていくものなのだ。〟

〝トランプの卵〟ー

新たな生命の始まりは、ニワトリでもなく卵でもない。ニワトリ以外の鳥の卵だ。

つまり、〝ニワトリと卵〟の議論は、切り取って言えば〝ニワトリ以外の鳥が卵を産み落とし、孵化した卵は変異によってニワトリという鳥になった〟と考えるのが合理的だ。 良い社会を作るのは政治家の役割ではなく、「芸術家」の仕事である。もちろん、「芸術家」とは決して絵の上手な人間の類いを指すのではない。「芸術家」とは圧倒的イノベーションの実践者であり、いち早く未来に目を向けて、その予想図を持続可能な社会へと変換する人々を指すのである。

確かに「芸術」は決して倫理や正義などではなく、「芸術」とはある意味で善悪を超えたところで咲く「花」であり、悪、反道徳、脱道徳を全て包摂することなしに、「芸術」が開花することはありえないのかもしれない。 トランプの卵は安全保障や経済政策で国益を最優先すると強調。「アメリカ・ファースト(米国第一主義)」を掲げ、米国を再び偉大にするとして、米国第一主義を象徴するように、不法移民対策として持論のイスラム教徒の入国禁止策やメキシコ国境に壁を建設など排外主義に基づいたものである。

アメリカの民主主義の「母性」がその卵を現実体に導きニワトリへと変異させる。

排外主義の遺伝子情報に基づいた細胞核を持つ、その卵に問題があったとしても生まれてくる命のそれも立派な生命であることに変わりはない。アメリカの民主主義の「母性」がその卵を現実体に導きニワトリへと変異させる。 自由と平等、多様性を尊重する米国社会は、トランプの卵を受け入れる土壌は形成されているのである。

世界が求めているの人類社会のロマンである。

理想の人類社会のパラダイムシフトを呼び起こすためには、現世代の「政治家」と呼ばれる層のその射程の狭さへの反動として、政治思想、哲学、神学、自然科学、歴史思想、へとその思想射程を拡大し、様々な領域を超え、圧倒的な正義の領域を包摂し律する「芸術思想運動」を展開していく必要性がある。 知識権威のデータやエビデンスなど、パソコンとグーグルがあれば充分である。人間はチェスや囲碁ではAI人工知能には勝てないかもしれないが、人類のシンギュラリティはデータやエビデンスよりも肉体感覚やプリミティブな感情を基準に物事を判断することなのである。

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