The region ー〝創造都市〟kadamoR.E.とは
ルイ ス・マンフォードは「地区」を家庭的・経済的活動共通 の枠組み(=インフラストラクチャー)と文化的活動 劇場との統一した「箱」として、つまり機能性と芸術 性の二重性から定義し,その「箱」の中で演じられる 機能をこれこそ都市のもっとも本質的な機能であろう」 とし、端的には地区を「芸術的個体化の単位としての地 域」と定義している。
「ポストメガロポリス」
「芸術・文学・建築・言語における文化的産物を、金銭的見地から標準化してしまう。機械生産が独創 的な芸術にとって代わり、巨大さが形式にとって代わり、量の大小が意味にとって代わる」
村落が生起し,経済的・文化 的エネルギーが蓄積する第 1段階の「原ポリス」から、自由なエネルギー,自由な時間 が開放され,社会的分業が発展し,文化的蓄積が増加する「ポリス」へ。世界貿易が発達し,経済 競争が激化する一方,異文化接触により,文化的エネル ギーが最大限に開放される「メトロポリス」を経て、「メガロポリス」へ段階的に発展するのである。「メガロポリス」は、衰退の始まり。資本主義 的工業化の進展は都市を金儲けのための空間=金銭的営 業空間と一面化し,独占資本主義の形成に伴って,少数 の巨大都市圏=メガロポリスが出現するが,そこは金融 機関,官僚機構,そしてマスメディアが集中する政治・ 経済・文化の三位一体的支配中枢となったのである。
他方,地方都市はメガロポリスに文化的・経済的要素を一方的に吸引されて,工場と労働者住宅の集積した単 なる工場都市となり,巨大都市のもとへ従属する。
さらに、メガロポリスにおけ る生活から遊離した消費文化によって市民の活力は衰え, 都市自体の巨大さゆえに官僚機構が肥大化し,専制都市(ティラノポリス)へと堕落する。自治体と国家が破産 し,芸術と科学は創造を停止する。
そして最後に 6段階「ネクロポリス(死者の都市)」 となるわけである。
マンフォードは「メトロポリス再建の努力はすべて, メトロポリス経済の基礎的形態に対する反逆まで行かな ければならない。その努力は人口の増加,密集のための 機械的便益の増加,都市地域の耐えざる拡大,処理しが たい巨大性と非合理な「偉大さ」に反対するようはたら き か け ね ば な ら な い 。」( Ibid, p.303) と 語 り , 都 市 再 建の基本的思想として金融経済ないし金銭経済から,生 命経済ないし生技術経済への転換を次のように提唱して いる。
「 バ ル セ ロ ナ・モデル」ランドリーの創造都市論
「都市は創造的かつ想像力 を掻き立てる自由な環境から生まれる未来へのアイデア と考察を現実化することにより産み出される。」という文脈 の中で進められたのである。
1978 年 制 定 の 新 憲法の下で民主化が進み,バルセロナを中心とするカタ ルーニャ州の自治憲章が 1979年に承認され,自治権を 回復した都市自治体では初の選挙が行われた。このとき に,社会運動を推進してきた担い手たちが新たな市議会 の中心に座り,「産業中心で対立の多い都市」から,「創 造的で平和な都市」に生まれ変わらせるという都市ビジョ ンの転換を行い,「文化と対話」を重視する野心的な長 期的都市計画を策定したのである。そのため,文化が都 市再生において中心的な役割を担うにことになったので ある。
その当時まで,独裁者フランコの圧政に苦しんできた バルセロナの市民は貧困で劣悪な居住環境と,20%を超 える失業率に苦しんでいたため,まず,最初の 10年間 は,市議会と都市計画局は公共空間を物理的のみならず, 文化的に再生することに重点を置き,パブリック・アー ト・プログラムを開始した。市域を 10の「地区」に分割して,狭域自治の単位と して市民との対話を重視するのを手始めに,古い工場を再生修復し,ミュージアム やコミュニティー・センターや新しい文化生産活動の場 に変える試みが次々と成果を挙げた。パブリック・アー ト・プログラムにおいては著名なアーティストが公共 広場に彫刻などのアート作品を提供し,地元のアーティストも参加 して国際的な解放性と地元の参加との融合がおこり,さ らに,昔ながらの伝統的な祭りの再発見を通じて,カタ ルーニャの伝統の再発見を行い,地元の歴史,過去から 現在,未来への継続性を踏まえた市民の対話の場が形成 されてきたのである。
19 92 年 の オ リ ン ピ ッ ク を 目 標 と し て 後 に 「 バ ル セ ロ ナ・モデル」と評価される都市再建の運動が展開された。市場の論理に任せて自由放 任に都市開発をすすめるのではなく,公共セクターがガイドラインを示しつつ,民間資本を誘導するパブリック・ プライベート・パートナーシップ方式を採り入れて「文 化と創造性による都市再生」に取り組んだことが特徴的 である。たとえば,劣悪な環境にあった旧市街地のラバル地区 では,地下駐車場を備えた広場の整備に加えて,バルセ ロ ナ 現 代 美 術 館 と 文 化 セ ン タ ー , 劇場,学校などの文化施設が整備されることで,周辺の 治安が改善し,お洒落なギャラリーやアートショップ, オープンカフェなどが進出して,市民が賑やかに集い, 芸術を鑑賞する「創造的な公共空間」を作り出した。
このような,都市文化戦略を背景にして世界文化フォー ラム UniversalForum ofCultures2004が取り組まれ ることになった。これは,グローバル化する社会の中で 高まる国際的テロや各種の衝突を回避すべく,文化の果 たす役割を多方面から語り合おうという趣旨のもとでバ ルセロナが世界に呼びかけて,2004年 5月から 9月下 旬まで 141日間にわたって展開された文化を中心にした 世界的イベントであった。その内容は芸術・人権・発展・ 環境・ガバナンスなどの多様なテーマに跨る国際的な対 話とアーツ・イベントを組み合わせた画期的なものであ り,国家的威信をかけて産業や科学技術の成果を競いあ う 万 国 博 覧 会 が 20 世 紀 的 な 国 際 イ ベ ン ト で あ っ た と す るならば,まさに「21世紀の文化博覧会」とでもいう べきものである。
インド生まれの経済学者であるアマルティア・セン AmartyaSenの提唱する「ケイパビリティ」capability という概念
ノーベル賞受賞者 で,インド生まれの経済学者であるアマルティア・セン AmartyaSenの提唱する「ケイパビリティ」capability という概念がそのベースにある。つまり,今後の富や貧 困の指標は従来のように 1人あたりの GDPを用いるの ではなく,それぞれの国や地域の人々がどれだけ多くの「選択肢」をもっているか,人生のさまざまな局面にお いて「意義ある選択」が可能な社会となっているかとい うレベルで見ていくべきだというものであり,一人ひと りにとってのケイパビリティ,つまり発達可能性や潜在 能力などに多様な選択肢の拓かれている社会ほど豊かで あるという考え方である。それは当然,女性の社会参加 やマイノリティの発言権などさまざまな権利と結びつく が,そのような人間の基本的権利,人権というものを発 達可能性の視点から捉えたとき,そのベースには豊かな 文化を創造し,享受する権利,つまり「文化権」が重要 であるという認識に基づいているのである。
21世紀初頭の社会は,グローバリゼーションが金融・ 経済にとどまらず文化の分野においても急速に進行し, 新自由主義にもとづくグローバリゼーションが富と貧困 への両極分解を世界的に押し広げ,地球環境の悪化をも たらす一方で,文化の中で大きな要素となる宗教と言語 にも大きな影響を与え,宗教的価値観の対立や文明の衝 突を激化させてきた。この結果,とくに途上国で砂漠化 や農地の減少とともに少数民族の言語の消滅が顕著であ り,ユネスコはこれに大きな警鐘を鳴らして,「生物的 多様性」に対比して「文化的多様性」の概念を提唱して きた。つまり,金融・経済のグローバライゼーションの 影響下で引き起こされる「文化帝国主義」の如き現象に よって,一方的に少数の人々の「文化権」を損なわれる ことが無いように文化的弱者の立場から「文化的多様性」 を重視すべきだという考え方である。
The regionー社会包摂 の取り組みへのアプローチ
社会的排除という表現は、イギリスやフランスで最近 よく使われるようになったが、アメリカでは「不利な条 件に置かれた人々(social disadvantaged)」という言葉 がつかわれる。その違いについては、ここでは触れないが、 どちらも社会的差別を受けてきたマイノリティの存在 が大きい。単に経済階層的にみて貧困であるという意味 ではない。世代を越え長年にわたって不利な状態におか れ、社会構造的に不利な状態から抜け出すことができな い人たちを意味する。 創造都市づくりは、これらの社会的に排除された人々 を包摂してゆくものでなくてはいけない。そうなると、 問われるのは、包摂(inclusion) の中身である。恩恵的・ 同情的な包摂、保護の客体として考慮されるのではなく、 社会的に排除された人々が創造都市の主体として登場 しなければならない。スラム地域の再開発では、プラン づくりにスラムの住民が参加し、意思決定に加わる必要 がある。野宿者問題の解決のためのさまざまなプランづ くりには、ホームレス自身が参加する必要がある。
社会・保健サービスおよび教育サー ビスを運営する Aタイプと,ハンディキャップを持つ 人々の就労を目的に農業・工業・商業・サービス業等多 様な事業を実施する Bタイプとがあり,保育園や老人 センター,医療施設さらには,障害者のリハビリ施設, ホームレスのための休息所の運営など,多面的な活動を 行っているが,社会的包摂という点からはホームレス自 らが組合員として活動する社会協同組合である「ピアッ ツア・グランデ(大きな広場)」のユニークな活動事例 が注目される。
これは、 ホ ー ム レ ス ピ ー プ ル が 社 会 的 に認知される権利を擁護することを目的としたヨーロッ パ・プロジェクト“世界を作る:大きな広場の作業所” を参考にしたもので、事業内容は廃家具、廃家庭電気製品,などの〝アップサイクル〟によって,社会的に排除されたホー ムレスや刑務所受刑者に就業に機会と自立のための所得をもたらすのみ ならずホームエレクトロニクスカフェを通じて,損なわれた 人間性を回復するユニークな試みである。
ウィーンのURBANのプロジェクトは、失業者の雇用促進を兼ねて、壊れた洗濯機を直すしくみをつくるという事業です。これにより、疲弊地区に集まって居住する失業者の人たちの生活を再生させていく。家電製品を修理して再利用する割合を高め環境問題に寄与する。社会的なサステイナビリティと環境的なサステイナビリティの一石二鳥を狙い、ささやかながらその地区や都市の経済活動につなげていこうというプロジェクトです。
kadamo R.E.は社会包摂型の創造都市のモデルとして, 様々の実践を通じて「文化創造と社会 的包摂にむけた都市の再構築」を目指しているといえよ う。
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